1930年代の回廊が最新のゲームの綾となる「ふりだし」の空間とされていることに、わたしは少なからず驚かされました。


自身、あの回廊が好きですし・・・


現場で迷ってしまうのと同じ感覚でマッキントッシュの画面上で迷路をぐるぐる回るのは面白いのです。


しかし、現代の最先端をうたうインターラクティブ(対話式)なマルチメディアのゲームが、「近代の象徴」という今では古色蒼然とした技術習得を自賛している回廊に依存しているのは、情けない気がしないでもありません。


「ヘル・キャブ」がせっかくマルチメディア・クリエーターを名乗るぺぺ・モレノを起用しても・・・


世紀末を迎えた20世紀都市ニューヨークに彼にふさわしいところの、エンパイア・ステート・ビルを圧倒するだけの20世紀末の「イコン(聖像)」が見いだせないのです。


衰弱していく未来2つの世界大戦の狭間の時代、アメリカは今世紀の最初の3分の1で20世紀都市の先取りを達成しました。


消費が加速すればするほど、「千年王国」の概念そのものが時流に合わないものになっていきました。


そのような時代になって、都市は青息吐息で先端の傾向を追走するのがやっとの苦境に陥った。


エンパイア・ステート・ビルを追い越すだけの魅力を持った都市のモニュメントを、ニューヨークが創りだしえていない事実がその苦悩をなによりも端的に物語っています。


1993年に発売されたパソコン・ゲーム・ソフト「ヘル・キャブ」は、タイム・マシーンのタクシーに乗って古代ローマの闘技場や第一次世界大戦でのヴェルダン攻防戦など(それがヘル、つまり地獄なのです)を体験するゴシック・ホラー・アドベンチャーですが・・・


ある段階をクリアーしたら必ずエンパイア・ステート・ビルの一階の回廊に戻ってくるシナリオになっています。


未来を先取りした者のみが必然的に味わわされる苦悩なのかも知れません。


工業生産による消費財の大量生産は、大量消費によってしか購われることがありません。


そこでは消費のサイクルを無限に速める方向が望まれますが、一方、都市というハードはいったん建設すれば、まず、「千年王国」を全うする前提で構築されるものであり・・・


無限の消費とは本来対立すべき存在なのです。


1930年代ニューヨークは、たとえば、日本がやっと1960年代後半になって獲得した利便のほとんどを先取りしており、それに見合ったハードとしての都市も、ある程度、完全な水準に到達していたと見てよいでしょう。


エレベーター、水道、空調機など、建築に付随する機械設備の先進性を考えれば、それは明らかでしょう。


完全に先取りされた20世紀都市のプロトタイプのなかで、半世紀以上の歳月が過ぎ、無限の消費は加速しながら継続していきました。



ニューヨークは、第2次世界大戦までの「黄金の時代」を謳歌しました。


そこでは、摩天楼も、地下鉄も、自動車が疾走するハイウェーも・・・


さらにはテレビジョン放送も実現し、わたしたちが現在享受している20世紀の利便の過半が先取りされていました。


つまり、20世紀都市は相当程度「楽園」としての顔をのぞかせていたのでした。


しかし、ベトナム戦争以後・・・


とりわけ、アメリカの都市の荒廃が危機的な形でクローズアップされることが日常化しています。


モータリゼーションに依存した都市構造の治安上の危険さ、過剰な消費誘導がもたらすローン、カード社会の破綻、都市中心部の治安悪化と住民の郊外流出による空洞化・・・


それらはパワーゲームとしての「シヴィライゼーション」にひとまず勝利したにしても、20世紀都市が無限の消費サイクルを回転させるだけでは大衆を心から納得させえない難しさを示しています。


前回紹介した歌は、額田王が代作したという説と・・・


左註によって、斉明天皇ご自身の作、とするニ説にわかれて今も論じられ続けていますが、ここではどのことに深入りすることはしません。


ただ、声調がおおらかで、船出のはずむような気持ち。


これからの西征に勇ましくも、たくましい意欲さえうかがわれる歌い口が実にいいのです。


長途の船旅にこころは純粋に躍動し、いかにも感動的に歌われています。


今の旅立ちとは、もちろん背後事情が全く異なるのですが・・・


しかし、旅ごころをそそる点で、忘れ難い秀作といえるでしょう。

わたしたちは、遠い昔から今日まで、数多くの旅の歌を知っています。


また、多くの人たちにより、それらは語られ、鑑賞されてきました。


わたしもまた、心に深く残っているいくつかの歌を、そしてそれは心して選ぶというのではなく、ふっと頭にうかび、口をついて出る歌歌をあげてみることにします。


まず、万葉集のはじめの方に出てくる


熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今はこぎ出でな (額田王)


ですが・・・


この作は、斉明天皇7年(661)、百済救出のため西征された際、一時伊予の熟田津に掟泊され、やがて博多へと向かって出発、船出のときを待っておられたが、さあ、いよいよその時が来た、というお気持ちを天皇に代わって額田王がうたったとされる歌です。

ひと頃、こころある人たちが、あえて辺境をもとめて、汚濁文化、経済万能、情報過多時代を蹴って、むしろ積極的に自ら辺境の地におのれの心を磨き、時代を冷静に見つめる、ということがありました。


これはいわゆる普通いう旅ではないかもしれません。


あえていえば、常住から離れて、自らの心の純度を保ち、磨く一時定住というでもいうべきものでしょうか。


旅による歌の心は、これとは少し違うかもしれませんが、現代を振り切って自己主張に徹する精神は、根源において一時定住のそれに近い、といえなくはないでしょう。


そしてまた、芭蕉の詩魂を磨き、造化の深奥に参入する、その精神にも近い、ともいえるでしょう。


さて、このように難しいことを言わなくとも、要するに、心の旅とは、おのれをむなしうして、自然に、風土に純粋に感応し、感動する。


・・・それでよいのです。


そういう旅を、心の旅といい、そこから生まれるものが歌の心なのです。

旅にあると詩情がわく、歌心をそそられるということをよく言いますが、いわゆる旅愁・旅情というのがそれです。


あまい、いわゆるセンチな気持ちになります。


それは、心の純度を取り戻すからであって悪いことではありませんが、感傷的になりすぎるということもあるでしょう。


しかしまた、これとうらはらな見方をすれば、さきにいった、心が洗われ、純度がたかまり、感性は清新に、シャープに、よりきびしくなるということがいえるでしょう。


日常性に埋没している限り見過ごすし、感じなかった風土なり、風物に純粋に感応します。


そこに湧くナイーブな、清らかな詩心、歌ごころを、わたしは旅の心、歌のこころと言いたいのです。

今日も、前回から引き続き司馬遼太郎著『坂の上の雲』からの一節を引用したいと思います。


・・・


「好古が内地に凱旋したのは明治三十九年ニ月九日だった。


そのまま騎兵第一旅団の衛戌地である千葉県習志野の兵舎にはいった。


かれは大正五年に陸軍大将となり、同十ニ年に予備役に入った。


あと自分の故郷の松山にもどり、私立の北予中学という無名の中学の校長をつとめた。


黙々と六年間つとめ、東京の中学校長会議にも欠かさず出席したりした。


従ニ位勲一等功ニ級陸軍大将というような極官にのぼった人間が田舎の私立中学の校長をつとめるというのは当時としては考えられぬことだった。


第一、家屋敷ですら東京の家も小さな借家であったし、松山の家はかれの生家の徒士屋敷のままで、終生福沢諭吉を尊敬し、その平等思想がすきだった。


昭和五年、七十一歳で辞任し、東京へ帰った。


ほどなく病気、


"もうあしはすることはした。逝ってもええのじゃ"


そして十一月四日、午後七時十分没した」


・・・とあります。


・・・何ともすがすがしい、見事な絵に書いたような一生ではないでしょうか。



古代ギリシアの哲人ソロンも


「青年は恋愛を欲しがり、壮年は地位を欲しがり、老年は貧欲になって地位も金も名誉もすべてを欲しがる」


・・・といっています。


人間の歴史をひもとき、また己の人生を振り返り、このことばはまさに名言・至言といっても過言ではないように思います。


さて、では名利に執着しないさわやかな老後とはどんなものでしょうか。


秋山好古・・・


日露戦争で、貧弱な日本陸軍の騎兵隊を率いて、世界に鳴るロシアのコザック軍団を向こうに回して、華々しい成果をあげ、騎兵隊の祖と呼ばれている人ですね。


この人については、司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』にくわしいです。


・・・その一部を紹介させていただきましょう。


「やがて平和条約が批准されて、十月ニ十一日、かれの秋山騎兵団はその軍事任務を解いた。


かれは凱旋にあたって兵士たちのために教訓歌のようなものをつくった。


"別れに臨んで教え草、先ず筆をとりて概略を"という、一見おどけたような調で、田園や市井にもどってゆく兵士に処世の道をさとし


"自労自活は天の道、卑しむべきは無為徒食、一夫一婦は人道ぞ"


とえんえんとつづいてゆくものだった。」



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